手を握ること

 

 

触れることの神経化学的効果

触れることがもたらす安心のしくみ

 

神経学的視点から

 

1. 触覚入力の基本経路

人にそっと触れると、まず皮膚の感覚受容器が刺激され、その情報は脳に伝えられ身体が反応します。 

 

主に関与する受容器は、次の2つです。

・機械受容器(メルケル盤・マイスナー小体など)

・C触覚線維(CT線維)

これらの感覚情報は

脊髄 → 視床 → 大脳皮質へ伝えられる一方で、同時に情動や自律神経系にも強い影響を与えます。

とくに重要なのが、やさしく、ゆっくりとした接触に反応する C触覚線維(CT線維)です。

この線維は、「心地よさ」や「安心感」といった情動的な反応に深く関わっています。

 

 

 

 2.C触覚線維(CT線維)の重要性

なぜ、安心につながるのか

 

C触覚線維(CT線維)は、前腕・上腕・背中・頸部などの有毛皮膚に多く分布し、

強い刺激ではなく、ゆっくりとした穏やかな接触に反応する感覚線維。

触れた場所や形を正確に識別するための感覚ではなく、
「その触れ方が心地よいか」「安全かどうか」を評価するための感覚系です。

 

その情報は一次体性感覚野に加えて、情動・内受容感覚・自律神経状態を統合する島皮質にも強く送られる。

島皮質は身体の内外の感覚情報をもとに安全性や安定性を評価する中枢であるため、

 

・今の自分の身体状態

・緊張しているか、落ち着いているか

・安全か危険か

といった身体ベースの評価を行う部位です。そのため、CT線維が刺激されると、

触れられたと認識する前に、その感覚は、

認知的判断(考える)を経る前に、身体が先に「安心だ」と感じる反応として現れる。 

 これは、「理解して安心する」のではなく、「身体が安心してから、気持ちが落ち着く」という反応です。

 

 

 

3. 自律神経への作用

 

 穏やかな接触は、自律神経を整えます

手を握る、身体をやさしくさする、といった接触は、副交感神経が働きやすくなり、

交感神経(緊張・警戒)が落ち着くという変化を引き起こします。

 

・心拍数が落ち着く

・呼吸がゆっくりになる

・筋緊張がゆるむ

といった反応が起こり、

これが「触れられると落ち着く」という感覚の正体です。

 

 

 

4. オキシトシン系の活性化 (一般に愛情信頼ホルモンとも呼ばれる)

 

オキシトシンが、安心と信頼を支えます。手を握るなどの穏やかな触覚刺激によって、分泌を促すことが知られています。

 

・不安・恐怖反応を和らげる

・痛みの感じ方を軽くする

・人とのつながりや親和感を感じやすくする

 

「誰に触れられるか」も影響しますが、やさしい触れ方そのものが、生理学的な安心が生まれます。

 

 

 

5.扁桃体の活動低下(恐怖・不安の抑制)

 

穏やかな触覚刺激は、扁桃体(恐怖や不安に関わる脳の部位)の活動を抑え、

HPA軸(ストレス反応の仕組み)を落ち着かせる作用があります。

 

その結果として、

・コルチゾール(ストレスホルモン)の低下する

・過剰な警戒状態や緊張が和らぐ

といった変化が起こります。

 

これらの反応に関わる神経回路は、認知機能が低下している場合でも比較的保たれやすいとされています。

そのため、言葉での理解や説明が難しい状況であっても、触れることによる安心が働きやすいと考えられます。

 

 

補足

HPA軸(視床下部―下垂体―副腎系)とは、脳(視床下部・下垂体)と内分泌腺(副腎)が連携して、ストレス反応を調整する神経内分泌システムのことです。

 

 

 

6. 認知機能低下時に触覚が重要になる理由

 

認知機能が低下すると、

・言語理解

・状況判断

・見当識

といった高次の機能が弱まりやすくなります。

 

一方で、

触覚・情動・自律神経をつなぐ仕組みは、進化的に古く、比較的保たれやすいとされています。

そのため、

 

・手を握ると離さない

・触れられることで落ち着く

といった行動が自然に見られることがあります。

これは「わがまま」や「癖」ではなく、身体が安心を求めている、ごく自然な反応と考えられます。

 

【認知が低下しても作用が残りやすい】

内受容感覚と島皮質のネットワークは、進化的に古く、言語や論理的思考を必要としないシステムです。

そのため、高次の認知機能が低下しても比較的保たれやすい特徴があります。

だからこそ、「触れる」「手を握る」といった行為は、

 長い時間が経っても、人に安心感やつながりをもたらす意味を持ち続けるのです。 

 

 

 

7. 手を握るという意味

 

神経学的に手を握る行為には

・情動安定化

・自律神経調整

・痛み・不安の緩和

・社会的安全確認

を同時に引き起こす、非常に効率の良い感覚入力です。

 
・穏やかな接触

・持続する圧

・温かさ

といった要素が含まれ、これらの触覚情報が島皮質に伝達されることで、

・自律神経が安定する
・内受容信号が整う(自分の身体の内側の状態を感じ取る感覚が調和する)

といった変化が生じます。

 

 

その結果として、

 理由を明確に説明できなくても、「なんとなく落ち着く」という感覚が自然に生じます。

これは、考えて安心しているのではなく、身体が先に安心状態に入っていることによって起こる現象なのです。

 

 

 

 

8.神経学的まとめ

 

・触覚は情動の働きと直接つながっている

・CT線維からの入力は、島皮質に伝わり、安心感を生じさせる

・副交感神経が働きやすくなり、身体が落ち着いた状態になる

・オキシトシンの分泌が促される

・扁桃体の活動が抑えられ、不安やストレス反応が和らぐ

・認知機能が低下しても、触れることで生じる、「安心、安全」の効果は比較的保たれやすい

このような神経学的背景から、「触れること」は、人にとって最も原始的で、かつ最も確かな安心をもたらすの感覚入力の一つと言えます。

 

 

 

目の前に、少し不安そうな様子の方がいらしたとき、そっと手を握ったり、穏やかに身体に触れたりすることは、
相手にとって大きな安心につながる場合があります。

また、その安心感は相手だけでなく、関わる側の気持ちも自然と落ち着かせるという、
穏やかな相互作用を生むことがあります。

日々の関わりの中で、無理のない範囲で、やさしい触れ合いを大切にしていただければと思います。