カイロプラクティックや整体の現状について

 

カイロプラクティックや整体は、限りなく「普遍的なもの」から離れてる

 

 

カイロプラクティックや整体は、本来であれば普遍性を目指すべき領域であると考えています。しかし現状では、その実現は容易ではありません。

 

「普遍的であるべき」という言葉には、

・誰にとっても一定の安全性が担保されていること
・理論や説明に一貫性があること
・効果の根拠が共有可能であること
・術者による差が過度に大きくないこと

 といった意味が含まれているのではないでしょうか。

 

 

現実として起きていること

残念ながら、カイロプラクティックや整体、鍼灸には、

・歴史的背景がそれぞれ異なる

理論体系が複数存在する

・流派や教育水準、さらには個人的な解釈が多く混在している

といった特徴があります。

そのため、「普遍的な理論」に基づくというよりも、「個々の思想や経験」に依存している部分が大きいのが現状です。

 

 

普遍性とは何か

医療や身体ケアにおける「普遍性」は、主に次の3点から考えることができます。

・安全性が担保されていること

・説明が再現可能であること(理論が共有できること)

・一定の再現性があること(誰が行っても大きく逸脱しないこと)

この観点から見ると、伝統的療法の中には「個人技」に依存する要素が少なくありません。

そこにこそ、民間療法や徒手療法に見られる曖昧さ、そして普遍性をめぐる議論の難しさがあるといえるでしょう。

 

ただし一方で、

・触れることによる神経系への影響

・痛みの再学習

・感覚‐運動統合の再調整

・自律神経への作用

といった現象については、現代の神経科学において説明可能な領域が確実に増えてきています。

つまり、個々の技術そのものに焦点を当てるのではなく、その背景にある神経生理学的メカニズムにフォーカスすること。

それこそが、「普遍性」に近づくための一つの道なのかもしれません。

カイロプラクティック・整体・鍼灸、さらに理学療法は、理想としては普遍的であるべき領域です。

しかし現状では、その実現は容易ではありません。

実際には、

・歴史的思想

・経験則

・個人差

・教育制度の違い

・利益至上主義

・不安やコンプレックスを煽るような、不適切な商法の存在

といった要素が混在しており、普遍性という観点から見ると、なお多くの課題を抱えているのが実情です。

今後は、

「経験医学」×「神経科学」×「安全性の標準化」×「再現性」

これらを統合していくことが、重要な方向性になるのではないでしょうか。

 

 

なぜ再現性が難しいのか

介入対象は機械ではなく、人間です。

痛みや身体反応には、

・侵害受容入力

・予測(プラセボなど)

・感情・注意・不安

・その日の体調や睡眠

といった要素が複雑に関与します。

つまり、同じ刺激を与えたとしても、常に同じ反応が生じるとは限らないのです。

これは、神経系が経験や学習といった後天的要因の影響を強く受ける性質をもっているためです。

その可塑性こそが人間の適応力でもありますが、同時に再現性を難しくする要因にもなっています。

 

 

触刺激は、

・強さ

・速度

・接触面

・術者との信頼関係

・期待

といった要素によって反応が変化します。

つまり、薬剤のような「用量固定型」の介入ではありません。

また、評価そのものも容易ではありません。

血圧であれば数値として客観的に測定できますが、

・痛み

・違和感

・可動の軽さ

・アライメントの評価

といった項目は、主観評価が中心になります。

この点も、再現性をより曖昧にしている大きな要因といえるでしょう。 

 

 

再現性には、少なくとも二つの側面があります。

・技術の再現性(手技を同じように実施できるか)

・結果の再現性(効果が同じように現れるか)

この両方を高い水準で満たすには、相当な年月と検証の積み重ねが必要だと思われます。

 

 

 

そして現状では、表面的には「効果が出ている」ように見えても、実際には別の要因に置き換わっている可能性も否定できません。

たとえば、

・自然経過

・期待や信頼による影響

・注意の変化

・生活行動の変化

といった要素が、結果に関与していることも考えられます。

そのため、日による変動や術者の違い、さらには気分や期待の変化によっても結果が異なることがある。

そのような構造が背景にあると考えられます。

 

 

最後に

カイロプラクティックの理論や哲学、そして科学は素晴らしく、評価すべき点が多くあります。

しかし、評価軸が曖昧なままであれば、何が本質的な要因なのかを切り分けることは容易ではありません。

だからこそ、より明確な理論、測定方法、そして標準化が求められているのだといえるでしょう。

その道のりは決して平坦ではなく、相当に困難であるとも感じられます。

医療が発展し、科学的検証や安全性の基準がより厳密になっていけば、いわゆる民間療法と位置づけられるものの中には、淘汰されていくものも出てくるかもしれません。

一方で、すべてが消えるのではなく、検証可能な部分は体系化され、科学的枠組みの中に再構成されていく可能性もあるでしょう。

重要なのは、存続そのものではなく、

・一定以上の安全性が担保されているか
・説明が共有可能であるか
・再現性が高められるか
・患者本位であり、利益や幸福につながっているか

という基準で、継続的に評価されることではないでしょうか。

 

その中にあっても、カイロプラクティックの理論を基盤としながら、現代医学の考え方を十分に考慮し、尊重したうえで、

真摯に人と症状に向き合い、日々研鑽を重ねています。

以上のような考えが、少しでも多くの方にご理解いただけることを願っております。